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東京地方裁判所 昭和48年(特わ)137号 判決

裁判所書記官

岩崎集一

(被告人)

本店所在地

東京都中央区日本橋通二丁目二番地

日昌物産株式会社

右代表者代表取締役

倉田敬三

公判期日出席代理人

倉田謙二

本籍

東京都渋谷区桜丘町四番地の一六

住居

同区桜丘町九番八号

職業

会社役員

倉田謙二

明治三〇年一二月一二日生

(公判出席検察官)

検事

清水勇男

主文

被告会社日昌物産株式会社を罰金二、〇〇〇万円に、被告人倉田謙二を懲役八月にそれぞれ処する。

被告人倉田謙二に対し、この裁判確定の日から一年間その刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告会社および被告人の両名連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社は、東京都中央区日本橋通二丁目二番地に本店を置き、穀物の販売並びに輸出入等を目的とする資本金二、〇〇〇万円の株式会社、被告人は、被告会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括掌理していたものであるが、被告人は、被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、商品の先物取引による利益の一部を除外して架空名義の預金に蓄積するなどの方法により所得を秘匿したうえ

第一  昭和四四年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が二三七、〇六九、七五八円(別紙(一)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同四五年二月二八日東京都中央区日本橋堀留町二丁目五番地所在の所轄日本橋税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一二〇、六九九、四九一円でこれに対する法人税額が四〇、九七三、〇〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により被告会社の右事業年度における正規の法人税額八一、六九八、八〇〇円(別紙(四)法人税額計算書参照)と右申告税額との差額四〇、七二五、八〇〇円を免れ

第二  昭和四五年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が三二〇、八六八、九五三円(別紙(二)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同四六年三月一日前記日本橋税務署において、同税務署長に対し、所得金額が二二二、九六七、〇一六円でこれに対する法人税額が八〇、四一八、四〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により被告会社の右事業年度における正規の法人税額一一六、三九五、八〇〇円(別紙(四)法人税額計算書参照)と右申告税額との差額三五、九七七、四〇〇円を免れ

第三  昭和四六年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が五八八、七五三、六〇四円(別紙(三)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、同四七年二月二八日前記日本橋税務署において、同税務署長に対し、所得金額が四二五、〇一五、四三〇円でこれに対する法人税額が一五四、五五三、八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により被告会社の右事業年度における正規の法人税額二一四、七二六、六〇〇円(別紙(四)法人税額計算書参照)と右申告税額との差額六〇、一七二、八〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

全般にわたり

一、被告人の当公判廷における供述(添付陳述書も含む)

一、同じく検察官に対する供述調書

一、同じく検事宛の昭和四八年一月二〇日付陳述書

一、証人岡野鉀三の第三回、第九回各公判調書中の供述部分および当公判廷(第一〇回、第一七回)における供述

一、岡野鉀三の検察官に対する供述調書(小口名義の取引の帰属に関する証拠として)

一、証人小林隆の第八回公判調査書中の供述部分

一、被告会社の会社登記簿謄本

修正損益計算書における科目別増差額につき

<先物取引>

一、甲一〈38〉収税官吏仲光義継作成の昭和四七年一一月一日付先物(定期)取引損益額計算書

(但し、右書面中、野口、八島、登根、尾谷の各名義分を除く)

一、甲一〈34〉同じく同日付「岡野鉀三提出上申書の補正について」と題する調査書

<雑費>

一、甲一〈35〉同じく同日付「簿外経費について」と題する調査書

(但し、右書面中、登根武則、尾谷博史、野口高、八島信を支払先とするものを除く)

<受取利息>

一、甲一〈33〉収税官吏早川博治作成の昭和四七年一一月一日付公表決算外預金残高および受取利息明細表

(但し、右書面中神戸銀行兵庫支店における阪東昌雄、花村弘志、乾照美、戸谷伸行、谷村敬美の普通預金関係分を除く)

<雑収入>

一、甲一〈81〉収税官吏木下正一作成の昭和五一年二月一九日付「割戻し手数料の処理について」と題する調査書

一、甲一〈31〉神戸銀行兵庫支店長森暢雄作成の昭和四七年九月二〇日付証明書

一、証人舟橋一夫の第七回公判調査書中の供述部分および当公判廷(第一七回)における供述

一、甲一〈19〉小林富吉商店栗山増男作成の昭和四七年一〇月一一日付「受託支払料の割戻しについて」と題する書面

なおこの科目については後記「事実認定に関しての判断」参照

<諸税公課44/12期分>

一、甲一〈39〉収税官吏仲光義継作成の昭和四三年一二月期所得金額についてと題する書面綴(43/12期分確定申告が過大であったことによる還付されるべき事業税額である。)

<各種準備金及び割増償却の繰入、戻入関係>

一、甲一〈40〉日本橋税務署長高橋三郎名義の証明書(いわゆる青申取消に伴う取消益および年度経過による措置分)

一、後記する確定申告書三綴

<未納事業税認定損>

一、後記確定申告書三綴および別紙(五)未納事業税認定損計算書参照

公表金額および過少申告の事実につき

一、確定申告書三綴(昭和四八年押第一一二六号の符二、符三)

(事実認定に関しての判断)

本件において実際の所得額を確定するにあたり、検察官、弁護人等において争いのあるのは、別添各修正損益計算書中の先物取引勘定、雑収入勘定および各種準備金勘定であるから、以下これらの点について判断を示すことにする。

(一)  先物取引勘定のうち

小口好弘名義による取引の帰属の問題

検察官は、小口好弘名義でなされている次に掲げる二期にかかる取引

44年/12月期 取引先三幸食品(先物定期) △五八五、〇〇〇円

計 △五八五、〇〇〇円

45年/12月期 取引先三幸食品(先物定期)一四、五〇八、〇〇〇円

〃 ミヅホ商事( 〃 ) 一七六、〇〇〇円

〃 三幸食品(実物(現物)取引) 一、四〇九、六〇〇円

計 一六、〇九三、六〇〇円

につき、これは、被告会社の取引であると主張するのに対し、弁護人らは、右の取引は、被告会社の常務取締役である岡野鉀三が個人としてなした取引であって、従ってその損益が被告会社に帰属するものではない旨主張している。

まず、右名義による取引の存在とその損益の額については、収税官吏仲光義継作成名義の昭和四七年一一月一日付先物(定期)取引損益計算書および同じく同日付岡野鉀三提出上申書の補正についてと題する調査書によってこれを認める。

ところで、第九回公判調書中の証人岡野鉀三の供述部分および同証人の当公判廷(第一〇回、第一七回)における供述(以下これらを単に、証人岡野の供述と略称する。)、押収してある委託者別委託先物取引勘定元帳二冊(昭和四八年押第一一二六号の符二六、符二七)、群馬銀行支店長作成の昭和四七年一〇月二四日預金取引内容回答書によると、右小口名義による取引先を三幸食品とする取引については、その取引の委託を岡野においてなし、その証拠金として被告会社の簿外預金が使用されて取引が開始されたものであり昭和四四年においては損失のみ生じ同四五年に入って前記の利益が生じ、その利益のうち約一、〇〇〇万円をもってソニーの株式、東電化学の株式が購入されその余の利益金は被告会社の簿外預金として群馬銀行東京支店に小口好弘名義の普通預金口座を開設して入金され以後被告会社によってこれが管理されていた事実が認められるのであって、これらの各事実と被告人倉田の検察官に対する供述調書における「小口名義は会社のものに間違いない。将来、会社のために功績のあった岡野に譲ってやってもよいという考えのものである」旨の供述および岡野鉀三の検察官に対する供述調書の記載により、前記小口好弘名義による取引はその損益を被告会社に帰属するものであったと認めるのが相当である。

たしかに、小口好弘名義による本件取引を開始する当初において、岡野および被告人倉田らは、これが被告会社の簿外取引であるとの明確な認識意図のもとになされたか否か、やや明確でない点もあり、むしろ岡野自身においては、それを個人の取引としようとの内心の意思を有していたのではなかったかと疑わせる余地もあるけれども、岡野は当時被告会社の営業に関し常務取締役として社長倉田と共に幅広い活動をしていた者であって、かかる地位にある者が会社の裏資金を用いて仮名による取引をなし、その利益の一部を明確に、会社の裏資金として保管している事実関係にあっては、他に岡野と会社との間にこれら資金の流用混入につき、明確な取り決め等がなされているといった特別の事情の認められない限り、右岡野の内心の意思は、その取引に基づく損益の帰属を判断する根拠たりえない。

(二)  雑収入勘定のうち

丸神商事株式会社(以下、単に丸神商事という)を相手方とする委託手数料の戻り益の問題

検察官は、被告会社の雑収入勘定の中には丸神商事からの戻り分に相当する収入として

44年/12月期(日昌物産名義取引分) 一一、三二九、九二〇円

45年/12月期( 〃 ) 一一、〇二五、六〇〇円

46年/12月期( 〃 ) 一四、五八五、三六〇円

〃 (丸喜商店名義取引分) 八四三、六〇〇円

が存在するべきであるのにこれが除外されて確定申告がなされている旨主張するのに対し、弁護人らは、右の手数料戻りといわれるものは、(1)、被告人倉田が個人としての立場において丸神商事から受取るべきものであったから、これが被告会社の収入とみなされるものには当たらない、(2)、仮りその手数料戻りが被告会社の収入とみられる余地があるとしても、それらは被告人倉田らにおいて現実に受領していた金額をいうのであって、各年度において未だ受領していなかったものは社入金額として計算されるべきではない旨主張する。

押収にかかる銀行勘定帳二冊(前同押号の符二二、符二三)、丸神商事舟橋一夫名義(作成者川原関也)の昭和四七年六月一日付上申書、神戸銀行兵庫支店長藤森暢雄作成名義の同年九月二〇日付証明書、収税官吏木下正一作成の昭和五一年二月一九日付割引手数料の処理についてと題する調査書、第七回公判調書中の証人舟橋一夫の供述部分および当公判廷(第一七回)における同証人の供述(舟橋一夫の供述関係を以下単に、証人舟橋の供述という)を綜合すると次の各事実を認めることができる。すなわち、丸神商事はその公表帳簿から、それぞれ委託手数料の四割相当額に当る金員として日昌物産委託手数料勘定による支払名目で昭和四四年中に合計一一、三二九、九二〇円を、昭和四五年中に合計一一、〇二五、六〇〇円を、昭和四六年中に合計一四、四八五、三六〇円を、丸喜商店委託手数料勘定による支払名目で昭和四六年中に合計八四三、六〇〇円をそれぞれ一旦支出したうえ、日昌物産名義で支出したもののうち昭和四四年一二月二日以降の支出分はすべて神戸銀行兵庫支店の戸谷伸介、花村弘志なる仮名の普通預金口座にこれを入金し、丸喜商店名義で支出したものは同支社店の阪東昌雄なる仮名の普通預金口座に入金し、これら預金通帳は、舟橋一夫において保管し、この預金の存在を被告会社の誰れにも告げてはいなかったという事実および右の如くして丸神商事から支出されたうち昭和四四年中において合計九、五六九、〇四〇円が被告人倉田に渡され、昭和四五年中においては右戸谷伸介の預金口座から三月一三日に一、七六〇、八八〇円、五月二〇日に二、〇〇〇、〇〇〇円、七月一六日に一、一五〇、〇〇〇円、八月五日に一〇〇、〇〇〇円、右花村弘志の預金口座から一〇月一二日に二、〇〇〇、〇〇〇円の合計七、〇一〇、八八〇円がそれぞれその頃引出されて被告人倉田或いは同人の指示した者に渡され、昭和四六年中においては右花村弘志の預金口座から六月一九日に二、〇〇〇、〇〇〇円が引出されて同様に被告人倉田に渡されたとの各事実が認められる。

ところで、証人舟橋の供述および被告人倉田の当公判廷における供述によると、丸神商事の公表帳簿から前記の如き支出がなされその後これらの一部が被告人倉田に渡されたことの経緯態様としては大要次の如くであったと認められる。

舟橋は、昭和四〇年四月に穀物仲買丸神商事を設立したが、それはかねて懇意であった被告人倉田の応援に負うところが多かった。すなわち被告人倉田はその経営する被告会社の穀物取引の委託を丸神商事になしてくれた。ところがその後被告会社からの委託金額も多くなって来たころ、被告人倉田から「多少のことは相談に乗ってくれんか、率は君に一任するから」との申出(記録二六一丁参照)をうけ、いわゆるこの種業者間において行われている委託手数料の一部を返戻してくれるよう依頼をうけるに至り、舟橋も被告人倉田に対する恩義もあって、これを快く了承し、当初は丸神商事が被告会社から受取った委託手数料の三割相当程度の額を被告人倉田の要求のある都度、丸神商事の会社より支出して交付していた。しかしその額が多くなって来たこともあって、“いっぺんにごぼっといわれたときに困りますから”(記録二六二丁参照)舟橋としては毎月末毎に委託手数料の四割相当額程度をその会社帳簿より支出して前記の神戸銀行兵庫支店の仮名預金口座に入金していたのである。そして被告人倉田から要求がある都度これを預金口座より引出して被告人倉田或いはその指定をうけた者に交付されていたのである。

すなわち、右の如く、被告人倉田の要求によって舟橋が交付していた金額は、その計算の基礎を被告会社と丸神商事との会社間の商品取引の注文額(委託手数料の額)におくものであって、その算出料率も最初のうちは三割でその後は四割というものであり、この料率は取引所会員による取引委託にあっては取引所内規によって委託手数料の割引率として認められている率に等しいのであって、そのようにして算出された範囲内の金額である限り、被告人倉田の要求するままに応じてこれを交付していたのであって、この実態は本来の商取引における取引量に応じて一定の割合による額を返戻し或いは割り引く、いわゆるリベートと同一のものとあったと認めることができる。しかるに、この金員の授受がいわば、舟橋と被告人倉田の間で、密約の如くにして行なわれていたのは、本来神戸、大阪においては取引所会員でもなく会員に準じた扱いをうけることが認められない被告会社に対し前記委託手数料の割戻しをすることが取引所の内規に違反し禁止されているためと、これを被告会社で公表扱いとせず、被告人倉田の個人的受取り分として扱うことにより、同人が自由な機密資金を確保できるという利益が存するからに外ならなかったとみるべきである。

そして、このような商取引によるリベートと認められるものは、それが商取引の当事者間以外のリベート受領の個人に帰属すると認めねばならない特別の事情が認められない限り、原則として本来の取引当事者に帰属するものというべきである。被告人倉田は丸神商事の会社発足時においてそれを応援援助したことおよびそのために舟橋が被告人倉田に恩義を感じていたとの事情は認められるが、だからといって、本件の委託手数料の返戻交付を被告人倉田個人に対する謝礼とみることは相当でなく、それは被告会社の代表者の資格において受領されているもので、被告会社が雑収入乃至支払手数料戻り勘定として収受すべき益金であったというべきである。

しかし乍ら、このことから、丸神商事が前記のとおり日昌物産又は丸喜商店委託手数料勘定における支払名目で支出した金員全額につき、支出した時点において、直ちにこれが被告会社の益金となるか否かについては、なお検討を要する。

前記各証拠によると、舟橋と被告人との間には、この手数料の戻りについては、その約定を文書で明確にするとか、殊更なる意思表示によってその約旨を確認し合ったというものではなかったと認められるのであって、いわば暗黙のうちにお互の道義によって支えられている約定であったというべきものである。したがってその授受の場における言葉のやりとりも「ちょっと金を貰えるやつを少しくれるか、なんぼくれるか」(記録二六四丁参照)と言った具合のものであって、勿論両会社間において送金手続をとるとか、支払通知をするといった形をとるものではなかった。丸神商事の側においても、毎月末にこれを支出していたのも「いっぺんにごぼっとくれといわれたときに困りますから」「会社の帳面から一応落としていたわけです」(記録二六二丁参照)といった、丸神商事側の都合であったのであり、だからこそ、このように支出された金員は舟橋の一存によって神戸銀行兵庫支店の仮名の預金口座に預け入れられていたのであり、これら預金口座の設定につき被告人倉田は全く知らしめられていなかったのであり、この預金通帳を保管してこれを管理している舟橋自身もその帰属につき複雑な心境であったと認められる(すなわち被告人倉田から金員の交付方の要求があれば預金を引出して渡すが、その要求がない限りこれを引渡すことを要しないのであり、万一被告人倉田が不在となる事態でも起これば、誰にも支払う必要のない性質の金であるという。)。殊にこのような委託手数料の割引乃至戻しが、特殊の例外(被告会社は東京、名古屋の穀物商品取引所においては会員に準じた割引をうけられることとなっているという。)の場合を除いて、商品取引所の定めた規約に反するものであって、このような規約に反した委託手数料の一部戻しの要求が法的強制力を持たないことも明らかである。

すると叙上の如き実態である舟橋と被告人倉田との間の委託手数料の四割相当額を戻すとの約定に基づいて、被告会社が収入金として益金とみることができるものはその約定に基づいて丸神商事から現実に被告人倉田乃至その指図をうけた者に引渡された金員に限られるべきであって、未だ受領されていないものについてはこれを被告会社の収入金とみることは出来ない。また神戸銀行兵庫支店の前記戸谷伸介、花村弘志、阪東昌雄名義による預金も、それは、いまだ丸神商事乃至舟橋一夫に属するものであったというべきものである。

以上によって、検察官の主張する丸神商事に関連する委託手数料の戻りのうち被告会社に帰属するものは、前記の如く、被告人倉田らが現実に受領していると認められる

44年/12月期 九、五六九、〇四〇円

45年/12月期 七、〇一〇、八八〇円

46年/12月期 二、〇〇〇、〇〇〇円

である。

そして雑収入勘定の増差は右に、争いのない小林富商店からの戻り分44年/12月分四五、二八〇円、45年/12月分五一、二〇〇円をそれぞれ加算した各修正損益計算書の増産額掲記の金額となる。

(三)  準備金勘定につき

弁護人は、青色申告承認が取消されたことに伴って各種準備金繰入れの否認の結果生じる、いわゆる取消し益につき、これを逋脱額に加えることは許されない旨主張する。

しかし、これが主張については、当裁判所は、最高裁判所昭和四九年九月二〇日判決(刑集二八巻六号二九一頁)において判示されている見解を相当とするところであるから、右弁護人の主張は採らない。

(四)  受取利息勘定につき

前記(二)で述べたところで明らかな如く、丸神商事の舟橋において、被告会社への委託手数料の割戻しの支払いに当てるため、神戸銀行兵庫支店において設定していた戸谷伸行、花村弘志、阪東昌雄名義の各普通預金口座は、寧ろ丸神商事或いは舟橋一夫に帰属するものであったと認められる余地があるのであって、これが被告会社の預金であったと認定するに足る十分の証拠はない。

同様に、これら預金口座と一連のもの乃至は類似の形態で設定されているものと認められる同支店の谷村敬美、乾照美の各普通預金口座についても、これが被告会社の預金口座であったと認定するに足る十分の証拠はない。

したがってこれらの各預金口座が被告会社に帰属するものであるとしてその発生利息を計算した収税官吏早川博治作成名義の昭和四七年一一月一日付公表決算外預金残高および受取利息明細表はその部分において誤りというべく、同表中

45年/12月で合計 七四、一一九円

46年/12月で合計 二一二、一九二円

の各受取利息は同表の合計額から減額されるべきものである。

(法令の適用)

被告会社につき

いずれも法人税法一六四条一項、一五九条該当、刑法四五条前段、四八条二項、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条。

被告人につき

いずれも法人税法一五九条該当(懲役刑選択)、刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(判示第三の罪の刑に加重)、刑法二五条一項、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条。

(量刑事情)

本件については次の諸点を特に考慮した。

(イ)  本件についての査察部調査が開始される以前である昭和四七年四月六日、昭和四二年一二月期乃至同四六年一二月期の五事業年度について、自らの手で修正申告がなされていること。

ちなみにその修正申告に記載の所得額は、本件で事実認定の争点として掲げた諸項目を除いたものであったから、逋脱所得の大部分は修正申告されて税額が納付されたのであって、これは一般刑法犯における自首乃至首服に準じた評価をうけるに等しいものといえる。

(ロ)  査察調査後、税務当局の示唆した数額をそのまゝ援用して再修正申告をなして、その税額も納付している(不服審査の申立をしているのは重加算税の賦課決定処分のみを争うもので、前記修正申告が、いわゆる予知申告に該らないと主張するもの)こと。

(ハ)  所得隠ぺい手段等は、他のこの種事犯に比較して必ずしも悪質であるとは認められないこと。

(ニ)  被告人倉田は高齢であり、その長い生涯、何の汚点もなく過されたと認められること。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村勲)

別紙(一)

修正損益計算書

日昌物産株式会社

自 昭和44年1月1日

至 昭和44年12月31日

〈省略〉

別紙(二)

修正損益計算書

日昌物産株式会社

自 昭和45年1月1日

至 昭和45年12月31日

〈省略〉

別紙(三)

修正損益計算書

日昌物産株式会社

自 昭和46年1月1日

至 昭和46年12月31日

〈省略〉

別紙(四)

法入税額計算書

日昌物産株式会社

〈省略〉

別紙(五)

未納事業税認定損計算書

日昌物産株式会社

〈省略〉

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